TOP>鳥羽人>TOBAJIN vol.01 川村光德さん

TOBAJIN vol.01 川村光德さん

小・中学校長や市の教育長などを歴任し、教育を通じて鳥羽の発展に貢献してきた川村さん。
現在は、地域の歴史文化を次代へと伝える活動に尽力しています。
そんな川村さんの取り組みについて伺いながら、鳥羽に秘められた歴史文化の魅力に迫ります。

歴史文化を大切にしなければ、鳥羽から心がなくなっていく

「伝統や文化に秀でた地ですよ、鳥羽は」

川村さんに鳥羽の歴史文化について率直な意見を伺うと、景気の良い一言が返ってきた。中世には海運の要所となり、志摩国の中心地として栄えた鳥羽には豊かな文化がはぐくまれたという。

「例えば、九鬼水軍で知られる九鬼嘉隆ゆかりの賀多神社には320年以上も続く能楽の歴史があるんです。神社に残る舞台や面、衣装の文化的価値も非常に高く、大学の研究者や能面師の方がご覧になるとたいてい驚きますね」

しかし、文化の継承に話が及ぶと表情はぐっと引き締まる。

「鳥羽の歴史文化の価値を理解する人、残そうとする動きが少ないんです。賀多神社の能楽は、平成に入ってから後継者不足で途絶えました。ほかにも失われつつある行事や歴史的建造物は多い。伝統や歴史文化を大切にしなければ、鳥羽の子どもたち、大人たちの心がなくなってしまう」

川村さんが歴史文化を伝える活動に励むのは、そんな懸念があるから。現在、鳥羽市能楽保存会会長、鳥羽市文化協会会長、そして鳥羽長尾オルガン協会会長を兼任し、多忙な毎日を送っている。

明治時代の音色を心に響かせる

長尾オルガンは、2000年に鳥羽の大庄屋である「かどや」の蔵から偶然発見された39鍵のいわゆるベビーオルガンだ。

「発見当初は音も出ない状態でしたが、著名なオルガン研究者である佐藤泰平先生に調査を依頼したところ、国産最古のリードオルガンを作った長尾芳蔵氏が100年以上前に製造したもので、3台しか現存しない貴重なオルガンだと分かったんです。それで私が修復や保存を担う協会の会長を引き受けることにしました」

協会では、長尾オルガンの価値を広めるための演奏会も行っているという。

「年に2、3回学校を回っています。今の子どもたちは電気で作られた音ばかり聞いているでしょ?
明治時代の心が落ち着く音色を実感してほしいので、子どもたちには『居眠りしてもよろしい』と伝えています」

何ともおおらかな演奏会。でも、子どもたちは寝るどころか「弾かせてほしい」と目を輝かせるのだとか。

「海を渡って、答志島の老人ホームでも演奏会をしました。女性歌手に参加してもらって童謡中心に演奏すると、お年寄りがオルガンと一緒に口ずさんでね、涙を流すんです。アンコールで田端義男の『かえり船』を大合唱したときは、私も感動しました」

長尾オルガンはお年寄りにはなつかしく、子どもには騒がしい世の中での落ち着く音色に聞こえるようだ。

能楽の復活は後継者の育成から

一方、鳥羽市能楽保存会では、後継者の育成に力を注いでいる。

「賀多神社の能楽は後継者不足で途絶えたわけですから、まずは人を育てないといけない。協会では教室を開くなどして能楽を演じる人を育成してきました。ようやく3年くらい前から賀多神社の『とば春まつり』で狂言と仕舞を奉納できるようになったんですよ」

主に狂言は子どもたちが演じ、仕舞は大人の女性が演じているのだとか。

「仕舞の女性の中には東京から戻って演じてくれる人もいる。こういう人が出てこないといかんのです。大人が文化を理解して、この地に戻ってくるという動きは今後につながります」

もちろん、賀多神社に残された舞台や面、衣装の保存・修復にも力を入れている。特に能舞台はめずらしい組み立て式で、全国に2台しか現存しない貴重なものだそう。

「今あるのは160年くらい前に再建されたものですが、それでも日本一古い組み立て式の能舞台で、県の有形民俗文化財に指定されています。これが平成10年くらいまで、神社で能楽が奉納される度に組み立てられていたんです」

いよいよ本格的な再始動

ところが「とば春まつり」で復活した狂言や仕舞の奉納では、この移動式の舞台は使っていないという。

「傷みがひどくて使えないんです。あまりに状態が悪かったので、5年くらい前、保管のために私が賀多神社から旧鳥羽小学校に移しました」

何と、その2カ月後に大雨で神社の大木がくずれて、元の収納庫がつぶれたという。間一髪だ。

「それから能舞台を復活させるために資金を集めて、ようやく今年修復に着手しました。次回の『とば春まつり』では、いよいよこの舞台で狂言を奉納し、来年は賀多神社の遷宮もあるので、そこでは能を奉納したいと考えています」

ついに、鳥羽の能楽が本格的に再始動しそうだ。そして川村さんの視線は、常に未来を見据えている。

「鳥羽の歴史文化は次代に受け継ぐ価値があり、また外からここを訪れる人々に披露するだけの価値もあると考えています。そうそう、次は狂言の筋の英訳を作成したいんです。鳥羽には外国からの観光客が多いですし、姉妹都市のサンタバーバラ市からもたくさんの学生さんが来ますので」

プロフィール

川村 光德

小中学校の教諭・校長、南勢志摩教育事務所の指導主事・管理主事・事務所長、鳥羽市教育長などを歴任するなど、教育の分野から南勢の発展に貢献。現在は、鳥羽市能楽保存会会長、鳥羽市文化協会会長、鳥羽長男オルガン協会会長を努め、歴史文化を次代に伝える取り組みに力を注いでいる。